農の風景を残すために

高知県大月町という四国の南の端に生まれ、農家の長男として育った私は、周囲からは農業の担い手として期待され、手伝いという英才教育もほどこされてきた。
その私が、今、仕事として地域農産物の販路開拓をしたり、農産物を使った加工商品開発をお手伝いしたりしているのは、実家の農業を継いだ弟への感謝と、さらに深く考えると、少しでも実家の農業の存続・発展に貢献したいという、先祖への感謝の思いがあるからだと思う。
実家に帰る度に地域の田畑が耕作放棄されているのを目にする。子供の頃に当たり前にあった田畑の風景が無くなると、田舎に住んでいる人の暮らしはどうなってしまうんだろうと不安に思う。
日本全体の数字が落ち込むことは現在の高齢化の状況から推測できるが、せめて自分の身近な地域と農の風景は守っていきたい。
農業に直接携わらない自分は、農家の作った作物を売る、さらには農産物を加工して付加価値を付けるお手伝いをすることで、田んぼや畑、ハウス等で農産物を作っている人の営みを後世に引き継ぐ環境をつくりたい。それが、私を生み・育ててくれた家族や先祖、地域への恩返しだと思っている。

もったいないをお金にする

地方には特産品であるがゆえに、残った部分・規格外品など、有効に使われずに、時にはお金をかけて廃棄している食材があります。今、私はその情報を地域の人と一緒に掘り起こし、加工してお金に変える取り組み「もったいないプロジェクト」を進めています。
高知県の特産品である生姜は100gパックに加工される際に余分な部分を包丁で切り落とし廃棄します。「みょうが」も茎の部分の活用策がなく地元では大量に捨てられています。その他の野菜類も一部分が傷んでもカットすれば十分食べられるのですが、農家サイドでは面倒なので廃棄。キノコ類ではシメジは1パックの量がきっちり決まっているため、それをオーバーする部分は取り除かれバラで安く売られています。柑橘類も近年は光センサーの導入で糖度が低いものは価値が下がり、ブランド化(高級品化)の反面、農家の所得は減少しています。山にごろごろ生えている山菜や山野草も見方を変えれば「もったいない天然食材」です。
地方の農林水産業は、まだまだもったいない部分がたくさんあります。欲しがっているマーケットを探す、これまでにない料理法で資源を甦らせるなど、もったいない部分を余すことなくお金に変えようとする貪欲さが今、求められています。

地域にあるものの提案先

地産地消から地産外商へ。高知県は今、地産外商に力を入れている。私も今いくつかのプロジェクトに関わっているが、地元にあるどんなにありふれた農産物でも、売り先や加工の仕方など、いろんな切り口で提案内容を考えることで、新たな市場は開拓できる。
つい最近では、地元ではあまり価値がない又は当たり前と思われている食材(鰯・赤牛・地蜜等)も東京の老舗フレンチレストランや大使館ご用達イタリア料理店などに提案したところ、他店と差別化できる貴重な食材として採用してもらった。おそらく、そんな事例はこれからたくさん出てくると思う。
ただ、地元ではシーズンともなると農家やお隣さんからタダで貰うことも多く、どんなにおいしい物でも毎日食卓に並べばうんざりしてしまう。そんな地元の当たり前が、よその立場から見るとなんとも贅沢に見える。
私はそのギャップを埋めるべく、地元で当たり前にある食材を、ない場所に提案している。これまで扱われなかった場所やジャンルに提案することは勇気のいることだが、その分、ライバルの少ない市場が開拓できる。
「田舎は人のやらない難しいこと、ライバルの少ない新しい市場を狙うべき」私はいつも周りにそう言いながら、なるべく他の商品と比較されない物づくりや視点を変えた新しい売り場の開拓に努めている。

土のビンテージ価値

ワインや古着のジーンズなど年代物に価値を見出しているように、農業の分野においても、長年、農薬・化学肥料を使わず、農作物を作ってきた土に価値はないだろうか。
有機JAS認定では、3年以上、農薬・化学肥料を使用していない土に価値を見出すために、検査認証を受けた上で「有機JASマーク」を付けて販売できるが、それ以降の努力は価値としての評価基準はない。法律や制度にはならないとしても、有機での土作り3年ものよりも10年もの、10年ものよりも20年もの、さらには30年間ものともなると、アンティーク家具のように、大切に使い続けた年月の蓄積に価値があると思えないだろうか。
田んぼや畑の土は、ワインやジーンズのように熟成または保存しているわけではなく、毎年、作物を作っているため、年数の蓄積が即、土の成分やそこで採れた作物の物質的価値に結びつきにくいが、消費者の立場から、有機農業のキャリア(年数)によって新たな価値基準ができれば、有機農家の親を持つ後継者も誇りをもって後を引くことにつながりはしないかと思う。
近い将来、「この人参は、30年ものの有機質の土からできたビンテージ野菜です」とお客さんにPRしてみたい。

輸入品の高知県産化

今、私は高知の農林水産物を使って輸入品の高知県産化をあれこれ考えている。それはなぜかというと、日本の和食のほとんどが過去に外国から入っていたものであると言うこと、そして何よりも競合商品が少ないニッチ市場だからである。
きっかけは平成19年、商工会の仕事で地元特産の塩を使った加工品の開発を依頼され、味噌・たれなど一般的なもの以外に、試しに作って欲しいと試作してもらったのが「キビナゴのアンチョビ」だった。地元でよくとれるキビナゴという魚を塩漬け発酵して(酒盗の応用)、オリーブオイルに浸して瓶詰めした商品は、地元ではよく分からない商品で期待もされなかった。
ただ、一年目に東京の食の展示会に行き、一番好評だったのはアンチョビで、2年目の同じ展示会では加工品のコンテストで大賞を取り、今では入手が困難なくらい全国から注文が来ている。
提案したときには売れる確証はなかったが、今輸入されている海外の加工品を高知の原材料でアレンジして作ったら新しい食文化が生まれる(おもしろいだろうな)と思った感覚は、今思うと案外間違ってはなかった。
これまでジャムや漬け物類しか加工のバリエーションがなかった農産物でも、いろんな国の料理法を参考に、自分たちの暮らしになじむようにアレンジすれば、地元の食材の加工の可能性はもっと広がってくる。何をどう加工すれば売れるか難しい時代の中で、輸入品の高知県産化はニッチで魅力的な市場だと思う。